ビショップは王を愛す
「だぁほ?久しぶりだぞ、私に向かってそんな口の聞き方をしたやつは」
「何だ偉そうに、ゼロの愛人だからって…」
「違うと言っただろう?下衆な発想しかできん男だ」
金色の目を持つ少女が発した一言に、玉城が立ち上がりかけた時だった。奇妙な音が、彼らのちょうど真ん中、壁際の席から聞こえてきた。
「ぶっ」
まるで何か押し込めていたものが一瞬勢いよく噴き出したような、音。気勢をそがれた玉城とC.C.、そして部屋の全員の視線が集まる中、その音の発生源と思われる少女は口元を押さえ、机に突っ伏していた。よく見れば、肩が小刻みに震えている。正面に座っていた井上が声をかけようとしたその瞬間、先ほど一瞬だけ噴火の兆しを見せた火山が、大爆発を起こした。
「…っぁはははははははははははははははははははははは!!!!」
ダンダン、と右手で机を叩き(井上は慌てて二人分のコップを避難させた)、目には涙さえ浮かべて教科書通りの大笑いをしてのけたのは、黒の騎士団零番隊情報担当のだった。全員があっけに取られる中、は苦しそうに腹を押さえながらも笑い続け、ついには呼吸困難状態に陥っている。井上に水を渡され、わざわざ少し離れた席からやってきた千葉に背中をなでられ、はようやく落ち着きを取り戻した。シリアスだったはずの場面がすっかり色を変えてしまったことに気づいているのかいないのか、自分に注目を集めている騎士団員達をみまわすと、あのね、と話し始める。
「たまきさんが言ったことを真剣に考えてみたら、ちょーっとツボにはまっちゃって」
「なんか可笑しなこと言ったかよ」
「だって、しーちゃんがゼロの愛人でしょ?逆はまあどうにか考えられるけど、しーちゃんが、ゼロの愛人…あいじ、ん…あは、だめだ、またツボに、はいっちゃって、あはははは!」
冷静に話せていたのはたったの数秒で、はまた笑いの発作を起こしている。藤堂は自分のすぐ横で「逆は考えられるんだ…」と突っ込みを入れた朝比奈の言葉に、心中で思わず同意した。
「まったく、おまえは私をなんだと思っているんだか」
呆れたように、それでもどこか愛しそうに呟く金色の瞳に、先ほどまで宿っていた凍りつくような怒りはない。対する玉城ももう既に戦闘意欲を無くしており、食堂には妙になごやかなムードが流れている。ようやく笑いたいだけ笑ったらしいは、ああよく笑った、と言いながら立ち上がった。
「さてと、ゼロが帰ってきたらからかうネタもできたし、仕事しますかー」
「帰ってくるのか?」
さらりと、まるでなんでもないことのように言われた言葉に藤堂は反応した。C.C.と名乗る少女の言葉の真偽は図りようも無かったが、の言葉にも、確かに確信が宿っていた。ゼロは生きており、必ず帰る、と。そういえば彼女はあの家の生まれだった、と藤堂の中で微かな記憶が声を上げたとき、はふわり、と微笑を浮かべた。人工の光だけが照らす潜水艦の中であるはずなのに、なぜかそれ以外の光の下にあるような、やわらかい微笑を。
「帰ってきますよ、ゼロは。かれんちゃんも、大丈夫。だから、ここでわたし達が分裂している場合じゃないんです」
ふと、ゼロの声と似ている、とディートハルトは思った。声質の問題ではない。その声に宿る、圧倒的な力だった。荒波のように人を押し流すゼロの声と、磁力のように人を惹きつけるの声。例えるならまるで、人を従える王と、人を導く教皇のような。
先ほどとは違う静けさに満たされた海の底の部屋に、静かな声が響いた。
「あせらないでください。今できる最善のことを、しましょう」
「…そうだな。ともかく、こうしよう。ブリタニアの警戒網の外、安全な海域で、とりあえず明日一杯待つっていうのは?」
扇の提案の元、ようやくまとまりを見せた騎士団にもう一度微笑み、は静かに部屋を出た。
「震えるほど心配なら、あんな虚勢を張らなければいい」
C.C.が呆れたように呟くと、はゆっくりとうつ伏せていた机から顔を上げる。先ほど浮かべていた自信に満ちた微笑などもうどこにもなく、迷い子よりも頼りない表情を浮かべていたは、それでも微かに笑顔らしきものを浮かべて見せた。
「でも、ルルーシュくんがいない間に騎士団が分裂することは、絶対避けたかったの」
呟かれた声は細く、でも意志に満ちて。
「わたしの苗字の意味を…この身に流れる血の意味を知っているとーどーさんと、ここ数週間ずっといっしょに働いてたディーさん。ふたりは、わたしの勘がはずれないことを知ってる。だから、このふたりを説得できるのはきっとわたしだけだった」
はそっと目を閉じた。そう、確かに生きているとは感じている。自分の勘に、一定以上の信頼も置いていた。それでも、消えないのは、消えてくれないのは。浮かび続ける不吉な影を振り払うように、は声を絞り出した。
「だってわたしは、ルルーシュくんの…キングの、ビショップだから。虚勢を張っても、斜めなんていう変な方向に動いても、…何をしても、まもるよ」
言霊と言うのだったか、とC.C.はこころの中で呟いた。意思を込めて言葉を発することで、その言葉自体が鎖となり、願うものを引き寄せる。まもるよ、という言葉に込められた力はまさに言霊だった。まったく、巫女の血は伊達ではない。
「まだあいつはしぶとく生きているよ。だが、私達に出来る事は無い。せいぜい祈るくらいか?」
揶揄するように言って、情報室の出口に向かう。返事など期待していなかったが、まさに部屋を踏み出した瞬間、密やかな声が聞こえた。
「祈れないよ」
祈れないよ。だってわたしはビショップだけど、
愛してるのは神サマじゃなくて王様だもの。
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3/3/07 First Upビショップはチェスの駒のひとつで、斜めにならばどこまででもいける(将棋の角と同じ)駒です。
元々Bishopという言葉はキリスト教における司教という意味。