リザイン、君にだけ。







「かれんちゃん!」

 ゼロが潜水艦に連絡を入れてから数十分後。潜水艦内の部屋に入ってきた赤い髪の少女に向かって、ぼすり、とぶつかったものがあった。

?」
「ぶじでなによりでーす、たいちょー…」

 カレンの腰の辺りに抱きつきながら、はもごもごと言葉を発した。いきなりの衝撃に少し面食らっていたカレンだったが、すぐに軽く抱きしめ返す。

「ごめん、心配かけた」
「ぶじに帰ってきてくれたからそれでチャラ」
「あはは、ありがと」

 部屋にいた他の団員からもおかえり、と言われて返事をしていく中、ある顔をみつけ、カレンは慌てて声を上げた。

「あの、千葉さん、朝比奈さん。紅蓮弐式を守ってくださってありがとうございます」

 ご迷惑をおかけしました、と謝れば、千葉は薄く微笑みを浮かべる。朝比奈はのんびりした声でどーいたしまして、と答え、そのまま立ち上がってカレンたちのほうに歩いてきた。

「でも、お礼はちゃんにも言ったほうがいいよ。指示したのはちゃんだからさ」

 既にカレンから離れていた少女の黒髪にぽん、と手を乗せ、朝比奈は言葉を続ける。

「あの混乱の最中に、『紅蓮ちゃん!ちばさんひなさん、紅蓮ちゃん確保してください!ディスターバーならオフです!せんばさん、一番近いから母親のほうお願いします!』って指示出してね」
「朝比奈、その気持ち悪い声真似はやめろ」

 千葉のつっこみを聞いているのかいないのか、朝比奈はそのままくしゃくしゃとの頭を撫でた。髪がぐしゃぐしゃになるんですけど、なんて言っているが妙に幼く見えて、カレンは思わず微笑む。

「ありがと、

 ちょうどその時、通路の向こうから話し声と足音が聞こえてきた。部屋に入ってきたのは扇と、指示を出しているこの騎士団のリーダー。

「では、ラクシャータにはそう伝えてくれ」
「わかった」
「カレン」
「は、はい!」

 いきなり呼びかけられて動揺を顕にしたカレンに、ゼロは優しいともいえる口調でよく休むようにと伝える。はい、と嬉しそうに言うカレンにひとつ頷いて、ゼロはそのすぐ隣に立っていたを呼んだ。


「はーい。ひなさん、ちょっと失礼します」

 たった一言名前を呼ばれただけ。それなのに、はゼロの意思を正確に理解したのか、未だに頭に乗せられていた朝比奈の手をよいしょ、と避け、すたすたと部屋を出て行くゼロの後を追った。

「あーあ、飼い主に連れてかれちゃった」

 残念そうに呟く朝比奈の声を聞きながら、カレンはゼロに言われたとおり休むために仮眠室に向かうことにした。名前を呼ばれただけでゼロの意思がわかるを、少しだけ羨ましいな、なんて思いながら。










 部屋に入り、鍵を閉める。ようやく仮面をはずし一息ついたルルーシュに、は静かに声をかけた。

「いろいろあった、って顔してる」
「ああ…いろいろ、な」

 決して使いたくは無かった相手にギアスを使い、昔の象徴のような妹に兄として会い、そしてついに彼と対面し。本当にいろいろありすぎた一日が頭を駆け巡っていたためか、ルルーシュはいきなりの衝撃に反応できずそのまま後ろのソファーに倒れこんだ。

「おい、何を…」
「疲れてるときは、眠っちゃえばいいんだよ」

 突き飛ばした本人の顔があまりに柔らかで、ルルーシュは何も言えなくなってしまった。髪を撫でる手が酷く優しい。そう、疲れていた。体力的な問題だけではなく、とても、疲れていたのだ。

「ルルーシュくんはね。頭がいいから、考えすぎるんだよ。疲れてるときくらい、なにも考えずに眠っちゃっていいんだから」

 どうせ寝てないでしょ昨日、と告げる声を聞きながら、押し込めていた眠気と疲れがほどけて押し寄せてくるのを感じていた。どうして、とルルーシュは心の中で呟く。どうしての前ではこうも無防備になれるんだろうな、と。何も隠せない、だから何も隠さなくていいから、なのだろうか。ルルーシュはその奇妙な安心感に微笑を浮かべて、全面降伏だな、と認めることにした。負けてやるつもりはない。諦めるつもりも無い。ただ、彼女の前でだけは。

 目をつぶる。髪を梳いていた手が離れていこうとしているのを感じて逆にそれを引き寄せてみれば、予想だにしていなかったのか、は奇妙な声を上げてルルーシュの上に倒れてきた。掴んだ手が熱い。

「いきなりなにするかなぁ…」
「お前も寝ろ。だって」

 お前も昨日眠ってないだろ、俺のことが心配で。そう耳元で囁いてやれば、はがばりと勢い良く顔を上げた。その頬が少し赤く見えたのは、きっと気のせいではない。なんで、と呟くをからかうように答えを返してやる。

「手が熱いぞ。本当に子供だな、眠いと体温が上がるなんて」

 あーだかうーだかと唸りながら、は顔を伏せた。小さな声でずるい、と囁くのが聞こえ、ルルーシュは閉じていた目をもう一度開ける。

「何がずるいんだ」
「だって」

 だって、わたしだけ好きみたいじゃない。その言葉に一瞬呆けたあと、次の瞬間ルルーシュは思わず笑い出してしまった。

「笑わなくたっていいでしょ!」

 怒る顔は今度こそはっきりとわかるほどに赤く、なんの迫力も無い。馬鹿だな、と呟けば、は一層の怒りを示す。

 言ってやらない。大した用も無かったのに、なんであの部屋から呼び出したか、なんて。既に全面降伏済みなのだ。頭に乗せられていた朝比奈の手が気に入らなかったから、などと言って、さらに勝たせてやるつもりは無い。

「ほらほら、寝るぞ」
「起きたら一発なぐってやるー…」
「それは怖いな」

 おやすみ、と囁いて、ルルーシュはもう一度目を閉じた。




るように繋がれた手は、君だけに見せるさ。







Back

3/13/07 First Up

リザインはチェス用語。将棋で言う投了にあたります。
ようするに負けを認めるということ。