● St. Valentine's Day 攻防戦 --- 二月十四日当日 ●

 

 

 全てが終わったあとの生徒会室は、死屍累々という言葉がぴったりの光景だった。全員ソファーかデスクで倒れこむようにしている。一番元気なのはこの騒ぎの原因を作った張本人の会長だ。この人、俺たちと同じ一時間を逃げ回っていたはずなのに、なんでこんな元気なんだ。ありえないだろう。

 ちなみに、一番最後まで逃げ切り勝利を収めたのは俺達三人だけだった。会長からはお褒めの言葉と共に、「でもちょーっとつまんないよね、なにお願いされるか興味あったのにー」という文句も貰ったが。

 その会長は後輩の女子に捕まりデートを申し込まれたらしい。もってもてよねえ、と本人はいたくご機嫌だ。多分会長を捕まえることを狙っていただろうリヴァルはなんと機動力をフル使用して追ってきた馬術部に捕まり、一日雑用の刑を言い渡されたらしくもう完全に撃沈している。病弱設定があだをなしたカレンは『お昼を一緒に食べる権利』を同級生男子に獲得され、部活中だったシャーリーは「部長にケーキバイキングをおごることになった…」とため息をついていた。

 一番ユニークだったのはニーナだ。なんと捕まえた相手は物理の先生(ちなみに50歳はとっくに過ぎている)で、お願いは『実験の手伝い』。これには本人もあっさりと、逆に喜んで承諾したらしい。普通こういったイベントに教師は参加しないと思うのだが、あの物理の先生はどうも子供心を忘れていないというか、大人気ないというか。

「そういえばさーあ」

 ほとんど倒れこんでいる生徒会メンバーにかいがいしくお茶を出していた会長が、ふと声をあげた。

「そこの逃げ切った三人、本命チョコはどうするの?」

「自分で食べるよ、せっかくおいしそうなの買ってきたんだし」

 あっさりと答えを返したに、会長は一声、だめ、と告げる。

「せっかくの本命チョコよ?情緒がない!だめよ誰かにあげなきゃ」

「えー…」

 手の中で薄いグリーンにラッピングされた箱をくるり、と回すと、はおもむろに椅子から立ち上がって歩き出した。向かう先は、参加はしなかったが皆の話を楽しそうに聞いていた、ナナリー。

「じゃあこれはナナに。受け取ってくれる?」

「いいんですか?」

「もちろん。大好きよ」

「ありがとうございます。私も、さんのこと大好きです」

 まるで本当の姉妹のようなほのぼのとしたやりとりを全員が見つめていると、会長はくるりとこちらを振り向いた。忘れてはくれなかったか。

「じゃあ、ルルーシュとスザクは?あ、ナナリーっていうのはもう無しね!」

「え、だめですか?」

「だーめ。さあさあ、誰にあげる?」

 自分もナナリーにあげようと思っていたのだろう、スザクは困ったようにこちらを見る。俺もナナリーに渡そうと思っていたのだが仕方がない。ここは、もう一人に。そう目で合図をすれば、スザクは納得したかのように微かに笑って頷いた。

「じゃあ、俺達は」

「一緒に逃げ切ったチームメイトに、ってことで」

 スザクの手から差し出された薄いピンクの箱と、俺の手にある白い包み。交互に俺達を見つめるの目は驚きに満ちている。そっと両手を差し出し、両方を同時に受け取った。

「ありがとう」

 三人で目を見交わし、誰からともなく俺達は笑顔を浮かべた。









「お兄様」

 生徒会が解散して部屋に向かおうとしたとき、ナナリーが俺を呼び止めた。

「どうした、ナナリー」

さんからの預かり物です」

から?」

 ナナリーが差し出したのは、深い青色をした小さな箱だった。開けてみると、そこにあったのは。

「チョコレート…」

「はい。さん、お兄様とスザクさんには最初から別に準備なさってたみたいですよ。さっき、生徒会の皆さんからは見えないように渡してくださったんです」

 青い箱の中に、たった一つだけのチョコレート。そして、箱の裏に記された、五つの単語。俺はそのチョコレートをそっと摘んで、口に放り込んだ。

「俺もだよ」

「なんですか?」

「いや、なんでもない。着替えてくるよ。に貰ったチョコレートでお茶にするんだろう?」

 一粒のチョコレートは、もう溶けて消えてしまった。だけど、俺の手の中にはまだ青い箱が残っている。





Love you, my dear friend.

 

 

 


 

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2/14/07 First Up