会長のカウントダウンに合わせ、俺達は本能的に走り出した。とりあえず動き出さねば捕まる。大体、チョコレートはどうでもいいがなんでもひとつお願い権ってなんなんですか会長。
「ルルーシュ、どこに逃げる?」
「とりあえず校舎から離れよう」
「クラブハウスは」
「だめだ、俺達があそこに逃げ込むことなんて簡単に読まれる。かなりの大人数が待ち構えてるだろう」
そこかしこから人が走る音と叫び声が聞こえてくる。どうしてうちの学校の連中はこんなにみんなノリがいいんだ!十七にもなって追いかけっこ!
「でも」
「なん、だ、スザク?」
スザクはこんなときだというのに疾走の苦しさを一切見せずに笑った。同じスピードで走っているのに、まったく息を切らさない。だからこいつは体力馬鹿なんだ。
「楽しいね、こういうの」
「…危機感を持て、何を『お願い』されるかわからないんだぞ」
「そうだけど。でもこんなこと、なかったから」
至極楽しそうなその表情に、の決断は間違っていなかったんだ、と思う。特にうちの学校は、会長がああだからな。奇妙なものも多いが、イベントには力が入っている。
中庭から体育館横を抜け、時計塔の方へ向かう。視界の中に渡り廊下が入った瞬間、スザクが突然声を上げた。
「ルルーシュ、あれ!」
「え?」
指差された方を見る。何かが、渡り廊下の屋根の上――本来ならばなにかなどあるはずない場所――にある。あれは。
「!」
「!」
今まさに時計塔側の窓から這い出してきたらしいは、俺達の声に気づくと暢気にひらひらと手を振った。が出てきたであろうと思われる窓には既に人影があるし、反対の体育館側には人が入れるような窓はない。どうするつもりだ、あの馬鹿。その問いが聞こえたかのように、は俺達の方を見てにやりと笑う。
そして、ひょい、と屋根から飛び降りた。
の黒いコート、その長めの裾が風に舞い、まるでスローモーションで羽ばたく蝶を見ているようだった。だが、もちろんに飛行能力はない。一瞬前まで隣をそれなりのスピードで走っていたスザクが、すさまじい加速で渡り廊下との距離を詰めた。
手を伸ばし、受け止める。大丈夫、間に合った。
「馬鹿か、お前は!」
「危ないよ、あんなところから飛び降りたら!」
「なに言ってんの、私が勝算がないことをやるわけないでしょ」
受け止めてくれるってことくらい、わかってるんだから。そうあっさり言い放たれ、俺達は思わず苦笑してしまう。はスザクの腕から立ち上がると、さあて、と言って腰に手を当て、おどけた口調で続けた。
「愛の逃避行といきますか?追っ手が近いよ」
「愛は余計だ。行くぞ」
「逃げ切れるかな」
「逃げ切るさ」
「もちろんよ」
私たちのチームワークに、勝てる相手はいないわ。
その後の展開はが予想したとおりになった。俺の分析力、スザクの身軽さ、そしての決断力。三人のチームワークでどうにか多勢に無勢をやりすごす。思い切りがいいの指示でスザクは何度か囮として走りまわらされていたが、毎回捕まりもせず、疲れた様子も見せずにスザクは帰ってきた。
時刻は四時二十分。最後の十分間を逃げ切れば終わりだ。何度目かの囮作戦でスザクが他の生徒を引きつけている間、俺とは多目的ドームの裏側、少し奥まったところで束の間の休息を取っていた。もうすぐスザクと約束したポイントまで動かなければいけない。
「、行くぞ」
「りょーかい。…あ」
の体が、ぐらりと揺れた。踏み出そうとした左足を庇うように全体重を右足で支えている。
「捻ったか?」
「ううん、単なる走り疲れ…ここまで走ることになるとは思わなかったから、いつも通りブーツで来ちゃったのよね」
足元に目を落とせば、確かに足元はいつもの黒皮のブーツだった。そのヒールの高さに、と同じくバイクに乗るリヴァルがよく危なすぎると嘆いていたが、俺にはバイクの運転どころか歩くのさえ大変そうに見える。よく、これで五十分間も俺達と一緒に走ってきたものだ。
「休むか?」
「いや、今休んだら捕まるでしょ。せっかくあと十分切ったんだし、逃げ切るわよ」
何度か左足の曲げ伸ばしをしてから、よし、などと言って気合を入れている。昔からこいつは、俺達の怪我は心配するくせに自分の体調には無関心だった。かわってないな、そういうところ。
「」
「なに?大丈夫よ、って、うわぁ!」
肩と膝のところに腕を差し入れ、抱き上げる。ナナリーで慣れているのでたいしたことじゃない。まあ、多少ナナリーより重いくらいか。とは言っても思っていたよりは軽く、ちゃんと健康的な生活をしているのかが気になるところだ。
「行くぞ」
「だから大丈夫だって!ルーは体力ないんだから!」
「失礼な、人並みだ。スザクと比べるほうが間違ってる」
「そりゃ確かにスーは体力馬鹿だけど!でも…」
「」
言い募ろうとしたの目を覗き込み、反論を封じる。両腕にすっぽりおさまってしまうところはナナリーと変わらない。こんなに、小さかったのか。
「たまには頼れよ」
きょとん、と目を見開き、は数秒間俺を見つめた。そして、ふっと気が抜けたような笑みを見せる。
「じゃあ、お願いします。落とさないでよね」
「わかってる」
周りを見回し、俺は隠れていた陰から走り出した。スザクとの約束まであと二分。終了まで、あと八分。
back | next | Hai Tjien Ran Index
2/14/07 First Up