Act. 12 十七歳の葛藤
「平和ですね…」
紅月カレンは、毎夜銃を抱えてナイトメアに乗って戦っている。だけど、カレン・シュタットフェルトが所属するこの生徒会の、なんと暢気なことか。ありがた迷惑なことに、シャーリーはあたしの分までいろいろ用意してくれたみたい。置かれているものの中に、会長たちが着ているような体の線が出るものが少ないのは救いだけど。そんなことをつらつらと考えていたら、椅子に縛り付けられ猫耳をつけられているルルーシュが、カレンは要らないだろ、と声を上げた。
「とっくに被ってるもんな」
「あなたテレビにでも出れば?人気者になれるわよ」
むっとして切り替えせば、話題はこの前の事件に移っていく。確かにここ数日登校する度、大人数の報道関係者の間を通るために運転手が四苦八苦していた。自宅通いのあたしはともかく、寮生活をしているみんなはまさに閉じ込められた状態だったんだろうな、とちょっと同情を覚える。たぶんあたしなら耐えられない。
「友情ってやつでしょう?我ら生まれたときは違えども、死すべきときは同じと願わん、バーイ三国志」
「それってプロボーズ?」
「死にゃば諸共、ってこった」
ひっでぇなー、とリヴァルがぼやいたのと同時に、シュン、と微かな音を立ててドアが開く。入ってきたのは、もう一人の自宅通い組…そしてもうひとつ、あたし以外は知らないあたしとの共通点を持っている、だった。ただし、猫耳は装備済みで。
「ルー大人しくなったー?あ、カレンおはよう」
「お、おはよう…すごい格好ね…」
「え、似合わない?」
「いや、似合いすぎ…」
ブリタニア人特有の白い肌に映える、黒のドレス。確かこのデザインは、中華連邦の民族衣装だ。いつもは――と言ってもまだ数回しか同じ日に登校したことないけど――下ろしている黒髪は結い上げられ、すっきりとうなじを見せている。ブーツと長い手袋のおかげで露出している部分は格段に少ないが、ぎりぎりまで入れられたスリットから見える足と細い肩が、なんというか、猫耳付きなのにも関わらず色っぽい。しかも、仄かに東洋系が残る顔立ちが衣装に不自然さを感じさせていない。女同士と言っても、いっそ感心してしまうようなスタイルの良さと色気だ。ほんとに同い年かなこの子。
「うふふ、さすが私ね!似合うわー!」
「ミレイの見立ては信用してるんだけど、いつの間に私のスリーサイズ測ったの?」
「ほらぁ、この前がここで寝ちゃったことあったじゃない?あの時に、スリーサイズとは言わずに全身いろんなところのサイズ、くまなく測らせてもらっちゃった!」
もしかして、測りますよ、と言われたあたしはマシなほうだったのかな、なんてこの前のお風呂での騒ぎを思い出しながら思う。苦笑いをしていたは、そこでふと、こちらからは顔の見えない、枢木スザクのほうへ近づいた。幼馴染だという二人。きっと昔は、国とかそんなもの関係なく、この日本で笑いあっていたんだろう。今、一人は名誉ブリタニア人として、一人はブリタニアの公爵として生きていても。
「まったく、涙脆いところはかわんないのね」
「え?」
泣くような会話したかな、なんて思っていると、よかった、という声が微かに聞こえた。
「また皆で集まれて、ほんと、よかった」
リヴァルとスザクがじゃれあって倒れ、皆が笑う。そっか、あたしみんなを助けたんだ。
「じゃあ、私カレンの着替え手伝ってくるから。カレン、これとかどう?」
「え、あの、できればそっちのほうが…」
「えーせっかくスタイルいいんだからこっちにしようって!」
「でも、あの、そんなの着たら風邪引きそうで…」
「しょうがないなー。じゃ、着替え行ってきまーす」
会長のよろしくー、という言葉と共に送り出され、あたし達は近くの空き部屋へ向かう。そういえば、と二人きりになったのは初めてかもしれない。同じ自宅通い組、そして、同じハーフ。ずっと話をしてみたいと思ってた。ずっと、聞いてみたいと思ってた。ぱたり、と閉まったドアの音に背中を押されるように、あたしはその質問を口に出した。
「ねえ、。あなたは、日本を捨てることを躊躇わなかったの?」
思ったより低くなってしまった声。驚いたように振り返ったをみて、しまった、と思う。唐突過ぎた。謝罪の言葉を口にしようとした時、はふわり、と微笑を浮かべた。こっちが泣きたくなるような顔で。
「躊躇わずに捨てられたら、どんなに楽だっただろうね」
「え?」
「私はハーフだよ。ハーフでしかない。だから、どちらも捨てられなかった」
「でも、あなたはブリタニアの公爵だわ。それは日本を、日本人である自分を捨てたということじゃないの?」
これは八つ当たりかもしれない。だってあたし今、迷ってる。自分のやっていることが正しいのか、結局なにがしたいのか、わからなくなってる。あたしから見たは、何も迷わず、自分がやりたいことをやっている人に見えた。頭を上げて、胸を張って、どこまででも歩いていくような。でも、あたしから視線をはずして窓の外のどこかを見るは、まだ頼りない、十七歳の女の子だった。あんなに大人っぽく見えたのに、あたしと同じ。
「ブリタニアの公爵であることと日本人であること。このふたつは、私の中では共存可能なんだ。でも、それが他の人には裏切りに見えることも知ってる。この前、日本解放戦線の人にも言われたよ。裏切り者、って」
思わず息を呑む。あの日遠くからちらりと見た、赤く染まった首筋を思い出した。ドレスに覆われたの首には、きっとまだ包帯が巻かれている。
「今でも迷うよ。ハーフで居続けるとは決めたけど、そんなことが本当に可能なのか、そんなことをする意味はあるのか、って。いっそどちらかを切り捨てられたら楽になれるって、何度も思った。でも」
振り向いたの顔は、戦う者の顔だった。なぜか、ゼロのことを思い出す。彼の顔を見たことはないけれど、似たような目をしているのかな、と。自分は何かの犠牲の上に生きていると知っている、その目。
「行き着くところはいつでも、自分がハーフで、であり、であるってことなんだ」
凛とする、というのはこういうことなんだな、と思わせるその立ち姿。少しだけうらやましかった。両方が自分のものだと迷わず言えるが、少しだけ、妬ましかった。
「って、こんなんで答えになったかな」
「え、ええ。ごめんなさい、突然。あの、ね」
「なに?」
この人になら言っても、いいかもしれない。こんなにまっすぐに生きている人になら。
「私も、ハーフなの。誰にも言っていないけれど」
この学園の誰にも告げなかった事実。はきょとん、と目を見開くと、そっか、と呟いた。
「もしかして、迷ってる?」
「そう。だからごめんなさい、八つ当たりだわ」
「いーえ。いいんだよ、迷って。で、決めたらその後は自分の思うとおりに生きればいい。それが他人にどんな評価を受けようともね」
さて、と言っては手に持っていたものをあたしに突きつけた。にやり、と笑うその顔は、猫耳もあいまってまさにチェシャ猫。
「とりあえず今は、モラトリアムを楽しみませんか?」
…ああ、忘れてた。猫のコスプレ、しなきゃいけなかったんだ…
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3/5/07 First Up