Act. 11  No Day but Today






『これが犯人から送られてきた映像です。ジェームズ議長の他、学生の姿も見受けられます』

「生徒会の…」

 カレンが呟いた声に反応し、ただ聞いていただけだったニュースに目を向ける。確かシャーリーが会長たちと出かけると言っていたのが今日だ。その行き先が河口湖だったということか。なんてタイミングの悪い。

『…そしてこれは映像では確認できませんでしたが、サクラダイト配分会議に出席していた公爵が人質に含まれている、という情報も入ってきています。』

 思わず座っていたソファから立ち上がる。全員テレビに釘付けで誰も俺の行動に注意を払っていないのが救いだった。だが、どうしてあいつが。どうして日本解放戦線のテロにが巻き込まれる。
 懐で携帯が震えた。表示された名はリヴァル。わかっている。しかし、どうすれば。どうすればみんなを、を救えるんだ。








「こちらへ」

 作戦通りホテル内に入り、通された部屋は作戦本部のようだった。人質は、部屋の隅に座らされている一人だけ。椅子の陰になっているし目隠しをされてはいるが、あれはだ。よかった、生きて、いる。見せしめに一人殺されたという情報を聞いてから、気が気ではなかったのだ。

「貴殿が、ゼロか」
「そうだ」

 ゼロの名が出た瞬間、視界の端でが伏せていた顔を上げたのが見えた。首筋が赤黒く汚れているような気がして、仮面の中で目線だけをに向ける。あれは、血だ。切られたのか、弾が掠ったのかはわからない。だが、確実には傷を負っている。例え日本人とのハーフであろうとも、ブリタニアの公爵であれば無条件で攻撃の対象なのか。ふつり、と湧き上がってきた怒りを抑え、ゼロとして冷静な声を出した。

「私と手を組むつもりはないか」
「ならば素顔を見せてもらおう、ゼロ。無礼であろう!」
「わかった。しかし、その前に聞かせて欲しい。お前はこの行動の果てに、何を求めている」
「知れたことを。日本人がまだ死んでいないことを、内外に知らしめるのだ」

 返ってきた答えは、予想に反さず未来のない独りよがりなものだった。属領国で起こっているテロなど、ブリタニアと言う大国に対してはなんの意味も持たない。ただ、人々を傷つけるだけの愚行。そしてそれでは傷ついた。

「古いな」
「ん?」
「お前達は古い。もう、救えない」
「どういう意味かな、ゼロ?」

 いきり立つ周りを抑えるように、リーダーの男は冷静な口調で聞いてきた。だが、その目にある怒りは隠しようもない。

「お前たちのやり方で、世界は変わらない。せいぜい自己満足を得られるだけのことだ」

 言い放った瞬間、扉の向こうでユーフェミア、という声が聞こえた。今更こちらに連れてこられたということは。相変わらず、甘いな。

「ゼロ、もはや問答無用!」

 ついに業を煮やしたか、リーダーの男は抱えていた日本刀を抜いて切りかかってきた。ここでギアスを使っても、目隠しをされているにはかからない。声は聞かれてしまうが、いざとなったらこの力を使えばいい。使いたくは、ないが。

「死ね」

 ピタリ、と動きを止め、男は日本刀を持ち替えて自分に向けた。混乱の中にある他の男たちを見回し、王の力を持って命令を下す。

「お前達もだ。死ね」

 響き渡る銃の音。は一度体を竦ませたあと、呆然と見えないはずの目線を左右に振った。銃声を聞きつけて飛び込んできた兵士の肩を反撃を抑えるために撃つ。

「落ち着け。中佐たちは自決した。行動の無意味さを悟ったのだ」

 が、じけつ、と唇を動かしたのが見えた。不信感を抱いていると言うわけではなく、ただ呆然と。

「ユーフェミア、民衆のために人質を買って出たか。相変わらずだな」

 ドアの外にいる兵士たちを騎士団に抑えさせ、ユーフェミアだけを部屋に招きいれる。おずおずと部屋に入ってきたユーフェミアは、の姿を認めると息を呑み、そちらへ一歩踏み出した。はっとしたようにこちらを振り返り、確認をとる。

「目隠しや縄を解いてさしあげても?」
「どうぞ、かまいません」

 目隠しをはずされ、は軽く目を瞬かせたあとこちらを見つめた。明るさのまったく違う二色の瞳は、この薄暗い中でも強さを失わない。不信や恐怖などではなく、ただ見定める瞳。口を開こうとしたを遮って問いかけた。一度、聞いてみたいと思っていたことを。

公。あなたは、なにを望んでいる」
「何を、とは?」
「あなたはブリタニア軍の研究者であると同時に、ヨコハマゲットーを聖域と呼ばれるほどにした立役者だ。ブリタニア人にも、イレブンにも裏切り者と呼ばれながら、なぜあなたはその道を行く?」

 ずっと不思議だった。ブリタニア軍に勤めながら、ヨコハマだけではなく数々のゲットーに対して惜しみない支援をする。矛盾しているような、その行動。ブリタニア人からはハーフと蔑まれ、日本人からは刃を向けられる日々。それでも彼女は、どちらかを捨てようとはしなかった。俺にはが何を、どんな世界を望んでいるのかわからない。何がの幸せなのか、知らなかった。

 腕を貸そうとしたユーフェミアに微笑み返すと、はゆっくりと縛り付けられていた椅子から立ち上がる。首筋に残る赤以外、怪我は無いようだった。はまっすぐこちらを見つめると、守りたいものがあるんですよ、とよく通る声で言った。

「守りたい、もの?」
「ええ。私は、今ここにある今日を守りたい」
「ずいぶんと抽象的ですね」

 困惑した表情でユーフェミアが見守る中、はふわり、と笑う。相対している自分が今ゼロであると言うことを忘れてしまいそうな、まるでいつも通りの顔だった。

「私は世界を変えたいとは思わない。望むのは、今ここにある大切なものを守ることです。そのためだったら、公爵家の力も、家の力も、私が持てるだけのものは全て利用します。そうじゃなきゃ、私の手じゃ何一つ守れませんから」
「日本もブリタニアも関係なく、今あるものをそのまま守る、と?」
「ええ。私はハーフです。ブリタニア人であり、日本人であり、どちらでもない。だからブリタニア軍に正式に所属はしていませんし、日本を開放しようと言う勢力に加わることもありません。どちらも大事すぎて、諦められないんです」

 わがままなんですよ、と笑うに、迷いは見えなかった。道無き道を行く覚悟を決めた、その目。もしかしたら、俺達は似ているのかもしれない。目指すものが違うだけで。

「生きやすい未来が欲しいと、思ったことは?」
「未来…そうですね、思ったことは、無いかもしれませんね。七年前からずっと、来ないかもしれない明日よりも今ここに在る今日のほうが大事だから」
「そう、ですか」

 ならば、俺の造ろうとしている未来が、にとって生きやすいものであれば、いい。が守りたいと思うものを守れる世界であれば、いい。

「副総督に就任されたと聞きました、ユーフェミア皇女殿下」

 視線を移して声をかければ、ユーフェミアは一瞬驚きを見せたあと、すぐにしっかりとこちらを見据えた。




願わくば、ナナリーが、が幸せでいられる世界を。






Back Next Hai Tjien Ran Index

2/21/07 First Up