「おー寒。」

 ドアを開けたとたん襲ってきた木枯らしに、ロイドは思わず呟く。この国の冬は、思っていたより寒い。さんが何時間も帰ってこないんです、と心配するセシル君に研究室を叩き出された。建物内をぶらぶら歩き回り、なんとなく来てみた、屋上だった。

「…いた」

 手摺に寄りかかるようにしている、。その表情をこちらから見ることはできない。見えるのは、風に弄ばれる長い髪と、その周りをふよふよ飛んでいるエレイン。ロイドはひとつため息をついて、その後姿に向かって歩いていった。

 足音は聞こえているはずなのに、は振り向かなかった。すぐ後ろで止まって、ロイドは少し待ってみる。…反応無し。いいかげん寒さが身に染みてきたので、沈黙をぶち壊すことにした。

「なにしてるの」
「…なにも」

 はまだ、振り向かない。ロイドはが見ているものを見てみようとして、諦める。眼鏡がないと生活できない自分が、裸眼で鷹のような視力を持つ彼女と同じものを見られるはずが、ない。

「じゃぁ研究室、帰らない?」
「うん…」

 彼女の目に映るのは、租界か。その向こうか。それとも、両方なのか。

 うん、と言ったはいいものの振り向かないに、ロイドはもう一度小さなため息をつく。仕事はせかさなくても速いのこと、別にここに好きなだけいてもらってかまわないが、連れて帰らないとセシル君の鉄拳制裁が下りそうな気がする。それはどうしても避けたい。

 一陣の木枯らしが、吹きぬける。ふわり、と揺れた黒髪にロイドは触れた。梳くようにしてみると、あっけなく通り抜けていく指。

「なに?」

 がようやく、振り向いた。

「ランスロットのカラーリング」
「は?」

 もう一度、その髪に触れる。くるり、と人差し指に巻き取って、放す。

「黒地に、スカイブルーとインディゴでアクセント、っていうのもかっこよかったかなって」

 二色の瞳が、きょとん、と見開かれる。次の瞬間、はふっと笑った。

「ダメ。騎士は白よ、絶対」
「はいはい、マイ・レイディ。あれは君の騎士」

 ロイドは軽く一礼する。帰ろう、と言って右手を差し出せば、思ったよりも素直にの左手が乗った。冷たい手。まるでランスロットのような。



 ロイドは笑って、その手の甲にひとつ、キスを送った。





オヒメサマに、限りないアイを込めて。


 

 



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2/3/07 First Up