Act.1   カウントダウン



 

 

夢をみた。あの日の夢を。






「またお兄様の負けですか?」
「そー、スーの圧勝だね」
「スザク、お前はどうしてそんなに足が速いんだっ!」
「な、なんでかなあ…?」
「ちなみに日本語では、スーみたいなのを『体力馬鹿』って言うんだよー」
「「タイリョクバカ?」」
「ああもう、また変な日本語教えて!」



車椅子に乗る少女の髪が降り注ぐ太陽の光をはじき、

木々は庭に立つ少年の瞳と同じ鮮やかな緑で、

縁側に座り込んでしまった少年の頬には一筋の汗が光り、

私は笑って、心から笑って、


――だめだ、上を見上げてはだめだ

ゆっくりと顔を上げて、

――目を閉じろ、空を見てはいけない

彼方にある入道雲に目を留めて、

――気づいてはいけない

その白を汚す、小さな、けれどもたくさんの黒い点に気づいて


―― あ あ ゆ め が さ め て し ま う


「ねえ、あれってなんだろ…















…リリリン、ジリリリン、ジリリリン、ジリリリン…

 ずいぶんと時代遅れな黒電話の音は、なぜかそのレトロさを面白がった奇天烈な上司が勝手に設定してくれた私の携帯の音だ。正直、朝一番に聞くとうるさい以外の何物でもない。画面を見れば電話の相手もその上司で、私の機嫌は朝から急降下だ。

「…何」
「おはよーう。機嫌悪そうだねぇ?」
「誰かさんが今日の朝まで離してくれなかったせいで睡眠時間が足りてないの」

 ちなみに断じて色っぽい関係の話じゃない。この研究馬鹿の上司が数日前に急に言い出したシステムチェンジの対応に今日の朝までかかっただけのことだ。っていうかここ数日の累計睡眠時間はこいつも一緒のはずなのに、この元気さはなんなんだ。

「あは。それは失礼」
「失礼ともなんとも思ってないくせに…で、用件は?」

 寝不足の頭が正常に記憶できていたのだとすれば、最後のパーツであるデヴァイサーが見つかってないため、見つかるまでの間研究は一段落だとか昨日というか今日の朝帰る前にこの上司本人がいかにも残念そうにぶつぶつ言っていたと思うのだが。

「ランスロット、出せるかもしれないよー」

 一瞬、あまりに寝不足なため聴覚に異常をきたしたと思った。

「ちょい待ち。軍部が許可出したの?それにデヴァイサーは?」
「いろいろあってね、許可もらっちゃったんだよね。デヴァイサーも候補見つかったし」

 だからシンジュクゲットーまで来てくれないかなーなんて思ってるんだけど?と相変わらずふざけた口調で上司が続ける。できることならこのまま通話を切り携帯の電源も落として夢の世界に旅立ちたい位には眠いが、我が子ランスロットの初陣を見逃すわけにはいかない。気分は子供が始めての運動会を迎える親だ。

「行くよ、他ならぬマイ・ランシィの初の実戦配備だっていうなら」

 三十分で着く、と言って電話を切る。今日はせめて午後だけでも学校に行こうと思っていたのに、この様子では無理そうだ。授業はともかく、あまり長い間生徒会に出ないとミレイに怒られる、なんて学生にあるまじきことを思いながら、私はベッドから抜け出した。









 シンジュクゲットーは軍によって完全に封鎖されていた。誘導に従って迂回路へ進んでいく車の列を尻目に、私は愛車をバリケードに向けて走らす。すぐに何人かの兵士が大型の銃を向けこちらを威嚇してきた。

「止まれ、そこのバイクの女!ここのエリアは封鎖されているというのがわからないのか!」

 撃たれるのは遠慮したいので、私は大人しく少し離れたところでバイクを止め、フルフェイスのヘルメットを取った。

「特派…特別派遣嚮導技術部所属のだ!軍部の要請で特派の嚮導兵器が前線に参加を予定している」

 言いながら身分証を責任者らしき兵士に投げると、それを見たその兵士の顔色が変わるのがわかる。身分証には私のブリタニアにおける正式な名前が書いてあるから、私の顔を知らなかった軍関係者は大抵こういう反応を返すものだ。とんでもない人に銃を向けてしまった、という反応。

「…大変、失礼をいたしました!お通りください!」

 慌ててその場の兵士が最敬礼をする横をバイクで通り過ぎてしばらく走る。と、そこに見慣れたランスロット搬送用車と、その近くに座り込む奇天烈な上司もといロイド、そしてなぜかあんな研究馬鹿の下でアシスタントができるセシルさんが見えた。見たところまだランスロットを起動している様子は無い。

「いらっしゃーい、早かったね」
「お疲れ様、さん」
「お疲れ様です、セシルさん。ロイ、デヴァイサーは?」
「僕にはお疲れ様って言ってくれないのー?」
「はいはいオツカレサマデス。で、デヴァイサーは。」

 冷たいなぁ、などとほざきながら、ロイドはごそごそと手元の書類を手繰る。

「僕らがここに来たときには、もう前線に送り出されちゃってたんだよねぇ。名誉ブリタニア人部隊所属だっていうから、危険なことさせられてそうで。ランスロットに乗る前に傷ついてもらっちゃ困るんだけどなあ…」
「名誉ブリタニア人…イレブン、ってこと?ずいぶんと面白い人をデヴァイザーに選んだものね」

 元々私はランスロットの構造――ソフトとハードで言えばハード――開発担当だ。ソフトにあたるシステムのことはさっぱりわからないし、ロイドが何を基準にデヴァイザーを選んでいるかも知らない。唯一わかるのが、その選択基準が他のナイトメアとは違い特殊であるということだけだ。

「選んだのは僕じゃなくて、ランスロット。彼が満足なら僕はなーんにも気にならないよ。あ、あったあった」

 彼がようやく探し当てた書類を渡してきた。受け取ってさっと目を通す。名前の項に書いてあったのは。


 スザク クルルギ。


「…スー…」

 写真の幼馴染は、変わらない大きな緑の目をまっすぐ私に向けていた。

 

 


 



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12/18/06 First Up

ヒロインはランスロットのことをMy Lancy (マイ・ランシィ) と呼びます。まるで恋人か子供のように。
そしてロイドのことは上司であるにもかかわらずロイ、と呼び捨てにします。