Act. 2 変わらないもの
「望もうと、望むまいとね。」
懐中時計を渡してくれた軍服の女性の柔らかな声と同時に、ぷしゅう、とドアの開く音がした。
「ロイ、初期起動の準備完了…お、お目覚めだね、グウィネヴィア?」
かつかつ、と黒皮のブーツのヒールを響かせて部屋に入ってきたのは、緩やかにうねる黒い髪をおろした黒衣の少女だった。年は同じくらいで、左目と右目の色が違う。印象的、というよりは、どこかひっかかる、その目。
「お姫様ってガラかなあ、彼?」
「いいでしょ、マイ・ランシィが選んだんだから」
「でもあれって確か報われない恋でしたよね?」
意味不明な会話が頭の上を通り過ぎていく中で、スザクは少女から目を離せないでいた。左目は明るい空色で、右目は深い青。どこかで見た。僕は確かにこの目を知っている…
二つの宝玉がスザクの目を捉えた。心臓が跳ね上がる。そうか、彼女は――
「忘れられちゃったかな」
忘れてないよ。
「スー?」
僕のことをそう呼ぶのは、昔から君一人だけ。七年分の思いを込めて、僕は彼女の名を呼んだ。
「…。ひさしぶり」
彼女はうん、と微笑んでうなずくと、いきなりくるりと僕以外の二人に向き直って言った。
「それじゃあ私は報われない恋を貫くエレインの整備をしてくるから。ロイ、さっさかあの絵描き皇子から出撃の許可もぎ取ってきてよ!」
は鼻歌でも歌いだすんじゃないかと思うくらい楽しそうに扉の向こうに消えていった。正直言って、僕は少し拍子抜けしてしまった。七年ぶり、あの日以来の再会だったから。でも、口元には笑みが浮かんでしまう。彼女は、変わっていない。昔から何かに没頭すると他のことが考えられなくなる性質だった。二日間飲まず食わずで読書を続け、ついには倒れて大騒ぎになったなんてこともあったくらいだ。あの懐かしい日々から、確かに変わらないものがここにはあった。
「さあて、マイ・レイディがああ言ってることだし、僕はちょっと殿下に掛け合ってくるよ。それじゃ、枢木一等兵のこと、よろしく〜。」
は〜い、と暢気な返事を返した軍服の女性は、セシルと名乗った。
「私達は特別派遣嚮導技術部といって、軍属ではあるけれど、現在イレブンにある軍部とは異なる命令系統で動いています。主な任務は新世代ナイトメアの開発だけど、その他の武器の開発もしているわ。代表が、さっき部屋を出て行ったロイドさん。さんは軍属ではない客員研究員ね。幼馴染なんですって?」
「はい。…いえ、のご両親とうちの両親の仲が良かったので、七年前まではよく一緒に遊んでました。」
七年前の、あの日まで。
簡単な説明とマニュアル、そしてパイロットスーツを僕に渡すと、セシルさんも準備のために救護車を出て行った。マニュアルに目を通し始めて、ふと、先にパイロットスーツに着替えたほうがいいのかな、と思う。寒くはないが、上半身裸のままでずっといるのもどうだろう。ベッドからおり、ズボンに手をかけたその瞬間、遠慮の欠片どころかノックさえもないまま勢い良くドアが開いた。僕は思わず叫ぶ。
「うわ、ちょっと、、じゃなかった、!」
「なんでわざわざ言い直すの。でいいよ。」
あわてている俺を気にもせず、はすたすたとこちらに近づいてくる。でも…と言いよどむと、彼女はあっけらかんと笑った。
「心配しなくても、私がハーフなのは周知の事実だよ。このご時世で、のほうが生きやすいからそっちで通してるだけ。もも、どっちも等しく私の名前。日本とブリタニアが、どちらも私の母国であるのと一緒。今じゃって呼んでくれる人なんていないから、そっちのほうが嬉しいくらい。」
彼女をと呼ぶ人がいない。はさらりと言ったが、それが意味するものが大きいことを僕は知っている。七年前のあの日まで、母方家の人はもちろん、ブリタニア人であったの父親さえも彼女のことを日本名ので呼んでいた。あの当時彼女のことをと呼んでいたのは、ルルーシュとナナリーだけだっだ。彼女は既に、家族を全員亡くしてしまったのだ。
「そう、か」
「うん。だから、って呼んで。気になるなら、二人だけの時だけでもいいから。」
わかった、と言うと、は笑った。そしてそのまま、僕の背中に両腕を回してくる。
「…?」
抱きしめられて、僕はどうしたらいいのかわからなくなる。それに包帯が巻いてあるとはいえ上半身裸のままだっていうのも気になる。僕の肩に額を乗せたが、ほぅ、とため息をついた。
「生きてて、よかった。また会えて、よかった。」
まるで泣いているような、声だった。僕もそう思うよ、と囁いて、彼女を壊さないようにそぅっと、抱きしめた。
「…それじゃ、これが通信機だから。マニュアルでわからないところがあったらセシルさんかロイ…だめだ、あいつは役に立たないからやっぱりセシルさんに呼びかけて。」
顔を上げた彼女の第一声に、僕は面食らった。数秒前までまるで泣いているみたいだったのに。しかも今、どうみたって年上の技術部の代表を役立たず呼ばわりしなかった?
「それからこのナイトメア、あくまで実験機なもんで、脱出機能ついてないの。気をつけてね。」
「…ちょっと待って、今なんて?」
「だから、脱出機能ついてないんだってば。そんなもんに幼馴染乗せたくはないんだけど、マイ・ランシィのデヴァイザーにスー以上にふさわしい人いないし、開発者としては最後にして最重要なパーツであるデヴァイサーに妥協なんてしたくないわけだし。」
にこにこと微笑む幼馴染を見つめて、思った。彼女は変わっていないんじゃない。あの当時よりさらに…なんというか、ぶっとんでいる。
「だから結論として。目一杯能力は発揮しつつ無茶はせず、危険な目には合わないで、かつ絶対にこれ以上怪我しないで帰ってくること。以上。」
「…了解。」
研究者としての望みと幼馴染としての思いが合わさった無理難題ではあったが、とりあえず了承しておく。悲しませるつもりはないし。
「それじゃ頑張ってマニュアル解読して。私は準備の続きがあるから!」
嵐のような幼馴染を見送った後、僕はようやくルルーシュのことを言い忘れていたことに気づくのだった。
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12/18/06 First UpロイドはたまにヒロインのことをMy Lady (マイ・レイディ) と呼びます。