Act. 3 一途に、迷わず。
「ランスロット、発進!」
私の声と同時にスザク君はブースト全開で飛び出した。あおりをくらって、コマンドルームにいる全員が床に倒れ伏してしまう。
「あっはっはっは、いきなりフルスロットルかぁ!」
「笑い事じゃない…あいつは自分が怪我人だって自覚あんのか?」
ぶつぶつ呟きながらも、さんの手は止まらずにコマンドを入力していく。ランスロットの構造開発担当である彼女に必要なデータは、数値もさることながら実際の戦闘を捉えた映像と、それから読み取れるランスロットの動きなのだそうだ。だからわざわざ、彼女はランスロットの開発と並行してランスロットのみを追尾して映す小型追尾飛行映像取得装置、彼女曰く言い換えれば単なる高性能ラジコン、エレインを開発した。私は開発初期、なぜ彼女がこの装置をエレインと名づけたのかわからなくて、彼女に聞いたことがあった。
「ねえ、さん。どうしてこれ、エレインっていうの?」
さんはその日、珍しく研究所のいつもの一角――私達、主にロイドさんが巣<ネスト>と呼んでいる、数台のコンピューターと大量の本、そしてわけのわからない機械やその部品に埋もれたエリア――から出て、窓際のデスクでのんびり自分の作品と戯れていた。まるで、親鳥が子供を巣から散歩に連れ出しているみたいに。
「エレインって言うのは、アーサー王伝説でランスロットに恋をした女性の名前なんだ。でも、ランスロットの心はグウィネヴィア…アーサー王の王妃にあった。エレインは一計を案じてランスロットとの間に子供まで作るんだけど、結局最後までランスロットの心が彼女に向くことはなかったんだ」
彼女はくるりと椅子を回転させ、私のほうに向き直って、似てると思わない?と言った。
「ランスロットの心はデヴァイザーと言う名のグウィネヴィアにしか向かない。でもこのエレインはけなげに彼の後を追いかけるわけ。いっそストーカーな勢いでね。で、エレインが取ってきたランスロットのデータを元に、私達研究者はその次の世代のナイトメアを作る…まるで、彼らの子供のように」
「へえ、そういう理由だったのね…でも、そのエレインってちょっとかわいそう。子供もいたのに、結局置いていかれてしまうなんて」
さんはそうだね、と笑って、開発中の機体に向き直った。エレインの側面、窓から差し込む太陽の光を無機質にはじいている金属をすっとなでて、彼女はまるで独り言のように呟いた。
「でも、例え報われなくても、彼女みたいに迷い無く何かを一途に追えたら、幸せなのかもしれないね」
「エレイン、ランスロットの追尾開始。映像の受信、開始します。」
さんの声に、私は我にかえる。そうだ、今は私達が開発したランスロットの初戦。見逃していいものは何も無い。
「数値的には順調だよー。映像どう?」
「上々。エレインもちゃんと仕事してる。マイ・ランシィは…今二機目を撃破。今の動きを見るに、上腕部の可動域も問題なし。っていうかほんとにもう、自分の腹に穴空いてるってわかってるのかなスーは…」
ランスロットの――スザク君の活躍は、すさまじい、としか言いようの無いものだった。テロリストに奪われ利用されているサザーランドを、あっという間に行動不能にしていく。
「想定以上の数値です」
「ああ、本気でやるつもりだね、彼」
「まあったく、相変わらず頑固なんだから」
さっきまでしきりに彼の怪我を心配していたさんも、もう諦めた、と言わんばかりにスザク君の活躍を見守る姿勢に入っている。と、突然、テロリストの司令機だと思われるサザーランドを追っていたランスロットが方向転換をし、スラッシュハーケンを利用して跳び上がった。腕を伸ばし、何かを掴む。エレインからの映像を見ていたさんが、人だ、と呟いた。
「は?人助け?」
「の、ようですね」
「変わってるねえ、彼」
「まあ、そこらへんも含めて“枢木スザク”なんだけど。優しすぎるといえばそうかもしれないけど、デヴァイザーの能力ととしては問題ないでしょ?」
さんの問いに、ロイドさんはにやりと笑うことで答えた。ランスロットは動きを止めている。きっとスザク君の目は悲鳴をあげて逃げていった親子に向いているのだろう。
「スザク君、疲れたでしょ?」
「大丈夫です、やらせてください」
それを聞いたさんは、隣のコンソールで静かに頑固者、と言って苦笑した。少し切なそうに見えたのは、気のせいかしら。
ランスロットの快進撃は、クロヴィス殿下の突然の停戦宣言までとどまることなく続いた。
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12/18/06 First Up