Act. 4 アンビヴァレンス
殿下の宣言で戦闘が終わってすぐ、ランスロットは帰ってきた。あれだけの数のナイトメアを倒して、ほぼ無傷。うん、ほんとにいいパーツだなあ、彼。そんでもってランスロットは強いなぁ。良質のデータも取れたことだし、今日は研究所に篭って解析だ。
だが、そうやって浮かれている僕よりも、は上手だった。自分が必要とするデータをさっさとコピーし終えた彼女は、ランスロットから降りてきた枢木一等兵に、スー、あんた最高!といいながら一瞬抱きついて、すぐに横に停めてあった愛車にまたがる。今、笑顔全開だったよねぇ。枢木一等兵、見とれちゃってるよ、あれは。
「それじゃ一足先に研究所戻るから、あとよろしく。ロイ、スーのこと早く特派に引き抜いてね。スー、今度は研究所で!じゃ!」
すちゃ、と右手を上げたは、その細身には不似合いな大型バイクをふかして走り去っていった。いいのかね、七年ぶりに会った幼馴染を置いていって。はよく僕のことをマッドサイエンティストだと言うけれど、彼女も人のこと言えないよねえ。
その幼馴染さんは、しばらくしてからようやく我に返ったらしく、しまったまた言えなかった、などと呟いている。の全開笑顔は爆雷なみの破壊力を持っているからねー。一撃必殺。僕もあれにほだされたんだよなあ。もう四年も前になるのか。
「おつかれさまぁ、枢木一等兵!いやいや、君、いーよー!」
「え、あ、ありがとうございます、ロイドさん」
「で、君はに何を言うつもりだったのかな?」
七年越しの告白?などとのたまってみると、違いますよ!と顔を赤くさせる。ああ、青春だねえ。若い若い。枢木一等兵は何かを迷うように少し視線をさまよわせたあと、ようやく口を開いた。
「実は戦闘中に、巻き込まれたブリタニア人の学生と少女を一人、見かけたんです」
「ふーん。僕らが君を見つける前?」
「はい。でも、どさくさで見失ってしまって…無事でいるかどうか、知りたいと思ったんですが…」
本当に、彼は面白いパーツだよ。撃たれるわ、資格が無いはずのナイトメアに騎乗するわ、いろいろあった日のはずなのに、ちょっと会っただけの他人の心配をしている。うん、興味深い。
「一応調べてみてあげよーか?」
特派は軍部とは命令系統が違うから時間がかかるかもしれないけど、と付け加えると、枢木一等兵はぱっと顔を明るくしてありがとうございます、と頭を下げた。
「そのコーヒー、に?聞きたいこともあるから僕が持っていくよー」
「はーい、お願いしまーす」
コーヒーを受け取って、僕はネストに向かう。研究所内には十分な明かりがついているのに、そのエリアは相変わらず薄暗い。数台のディスプレイからの光が、の顔に微妙な陰影を投げかけている。すさまじい速さでキーボードの上を踊っていた指が、ふ、と止まった。
「ロイ?ああ、ありがと」
白いマグを、それにも負けない白さの彼女の指が受けとる。彼女は一見、普通のブリタニア人にしか見えない顔立ちや肌の色をしている。前にそう正直に言ったら、彼女はそうかもね、と笑った。
はひとつにまとめていた髪をするり、とほどいた。
「でもね、この髪の毛は、母にそっくりなんだよ」
「黒いから?でもブリタニア人にも黒髪の人はいるでしょ」
「まあそうだけど。でもね、ブリタニア人の髪と日本人の髪は、同じ黒でも微妙に違うんだ。髪自体の質も違うしね」
その時彼女が浮かべていた表情を、僕は忘れない。まるで愛を語るように柔らかく、泣き出しそうな哀しみをたたえた、その表情を。
「私はハーフ、だから。ブリタニアも日本も、この身に息づいている」
「A3接続部分のデータなんだけど」
「ああ、それなら私も話しに行こうと思ってた」
道具は使ってみて、ナイトメアは戦ってみて初めてその真価がわかるというもの。一時間に満たない戦闘だったが、今回僕らの得たデータは膨大だった。コーヒーを片手に数分間話し込んだあと、会話の合間に僕はちょっと聞いてみることにした。
「そういえば、よかったの、枢木一等兵と話したりしなくて?」
七年ぶりだったんでしょ、という僕の言葉に、はいつもより少し子供っぽい表情で微笑んだ。へえ、こんな年相応な表情も、できるんだ。
「会えたのが嬉しすぎたのかな。生きてる、ってことしか知らなかったから、なんか妙にハイになっちゃって」
落ち着かなくて研究に逃げることにしたの、なんて言うは、紛れも無い17歳だった。こんな表情をひきだせるんだから、幼馴染っていうのは役得だよね。でもまあ、実際にこの表情を見れたのは僕ってことで、よしとしようか。
ところが。@かわいらしい17歳バージョン(僕命名)は短期間限定だった。今彼女は、地獄の番犬、ケルベロスも怖がって逃げ出しそうなどす黒いオーラをふりまいている。おかげで僕以外の研究員は半径10m以内に誰もいない。もしかしたら20m以内かも。
「ふざけるなよ純血派…っ!この私を甘く見たこと、後悔させてやろうじゃないの…」
うん、確かにこれもまた一種の笑顔全開なんだけど、笑顔の質が違いすぎて怖い怖い。僕ら特派…というかの枢木一等兵に対するアリバイ証言を受け入れないと決めた純血派は、早まったことをしたよ。ハーフだからって、彼女の地位や影響力が変わるわけじゃないのに。
はそのすさまじい笑顔のままで携帯電話をひっつかみ、メモリーからある番号を呼び出して通話ボタンを押した。
「……もしもし?…そう、だよ。久しぶり。…聞いたよ。驚いてる。お悔やみを申し上げる。…うん、ちょっと聞きたいんだけど、お姉さんは今、本国にいる?…相変わらず戦場を駆け回ってるわけね…実は、彼の後を継いでこちらに赴任してくるっていうから、ひとつ頼みたいことがあってさ。…違う、今回はブリタニアの本を持ってきてくれっていうんじゃない。…え、副総督?学生辞めるの?…そうか。じゃあ、頼みの内容を言うから、よーく聞いてね。」
彼女は一旦言葉を切ると、携帯電話を持ち直し、すう、と大きく息を吸い込んだ。
「私の幼馴染の名誉ブリタニア人でブリタニア軍の一等兵がクロヴィス皇子亡き後イレブンにおける軍の実権を握ってる純血派の馬鹿共に利用されて皇子殺しの冤罪を着せられた上に汚名を晴らせないまま処刑されそうになってるから力貸してくれない?」
「うわぉ、一息で言い切ったね。」
小さな声で呟いたつもりだったんだけど、はそのものすごい笑顔を僕に向けてきた。はいはい、わかってますよ、マイ・レイディ。さて、マイ・レイディのお怒りを静めるためにも、僕は僕のルートで枢木一等兵奪還を試みなくちゃね。
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12/19/06 First Up