Act. 6  背負った肩書き


 

 

「…ちょい待ち。今、なんて?」
「ですから、アッシュフォード学園高等部にスザクを受け入れていただけるようお願いしておきました」

 特派が大学の方に移動なさるそうですし、ちょうどいいと思いまして〜、と言う従妹の声を聞いたのは、連続三十時間労働明けの午前九時だった。ああなんてすがすがしい朝。







 悪夢の始まりはスザクを家に連れて帰った日の夜中だ。久しぶりの家で――スーがデヴァイサーになってから、仕事やらあの事件やらで忙しく、家に帰っていなかったのだ――のんびりと夕食を取り、ゆっくり湯船に使ってベッドに倒れこんだ私を襲ったのは、丑三つ時にかかってきた奇天烈上司からの電話だった。

「マーイーレーイーディィィィィィィィ!!!!!」

 なんだこの酔っ払いは。いや違う。なんなんだ、この酔っ払ってもいないくせに馬鹿高いテンションで午前二時に電話してくるやつは。

「…日本では今の時刻を『草木も眠る』というんだ。そんな時間に久しぶりの安眠から私を起こした用件がくだらなかったらどーなるかわかってるんだろうなあ、ロイ?」

「はーい身に染みてわかってまーす…でも今回はまじめに緊急事態なんだよー…」
「マイ・ランシィのご機嫌を損ねたとか言わないよね?その程度なら…」
「追い出されちゃったんだ」
「誰が、誰に、いつ、どこから。文章の基礎が構築されてない状態で、私に何を察しろと?」

 ため息をつきながら、私はベッドの上で起き上がる。サイドランプをつけようとして伸ばした手が、次のロイの一言で、銅像のように固まった。

「正確に言うと、追い出されることになったんだ。僕ら特派が、コーネリア殿下に、明後日、いやもう明日だ、軍基地の研究所から」

 しばしの沈黙の後、私は無言で絶叫するという器用なことをやってのけた。近くの部屋で屋敷の人達やスーが寝ているととっさに判断した私の脳を、ここは盛大に褒めるべきだと思う。
 


 それからの三十時間はまさに嵐だった。ランスロット自体の移動は搬送用車があるから問題ない。大変なのは、メンテナンスに伴う機材と開発資料の移動だ。資料は確かにデジタル化されているものが大半だが、その量が半端ではない。移動期限まで一日半しかないのもあり、特派総出で上へ下への大騒ぎだった。

「僕ら技術部は肉体派じゃないのにねぇ」
「まったくだ!一体あの武闘派皇女相手に何やらかしたのさ」
「僕のせいじゃないよー。パイロットが名誉ブリタニア人なのがお気に召さなかったみたいでさぁ」
「あーもう、ノーブレスオブリージュも適度にしてほしい…」

 ぼやきながらも手はキーボードから離さない。とりあえず早く終わらせて眠りたい。隣で同じように両手の指を高速回転させているロイが、にやりと笑ってこちらを向く。こら、手を止めるな。

「でも、一番移動が大変なのって、実はのネストだよねー」

 わかってる。身に染みてる。今度のことで、ひさしぶりに整理整頓なんて言葉も思い出してる。…だから手を止めるなっての。私は早く寝たいんだ。








が通っているのもアッシュフォード学園でしょう?それならスザクも安心だと思いますし」

 突然のニュースに沈黙している私を置いて、ユフィはのんびりと続ける。彼女の声は、この数時間の嵐がまるで幻だったかのような穏やかさだ。件のネストもほとんど移動準備ができ、あとは受け入れ先への移送とそこでの荷解きを残すまでとなっている。その荷解きがまた大変なのだろうが。

「ねえ、ユフィ。スーは名誉ブリタニア人で、元皇子殺害の容疑者。いくらアッシュフォードにはナンバーズも通ってるからって言っても、かなり大変だと思うんだけど」

 私がハーフだと周りに知られながらも平和に毎日を過ごせるのは、公爵と言う肩書きがあるからだ。基本的に軍関係者は皇族・貴族に逆らえないし、一般市民は――アッシュフォードの生徒も含めて――おもねるか遠巻きにするか、どちらにしろ直接何かを言われたりされたりすることはない。だけど、スザクは。

 私の指摘に、ユフィは静かな声で、わかっています、と告げた。

「ですが、スザクは十七歳でしょう?行けるチャンスがあるのならば、学校に行くべきだと思います」
「…まあ、それは私もそう思うけど」

 副総督という地位のために学生であることを諦めたユフィと、公爵ながらハーフであるという事実のために数年間ブリタニアで半幽閉状態にあって、その期間学校には行けなかった私。学校というものの大切さは、お互いによくわかっている。

「それに、スザクなら大丈夫です」

 ユフィの妙に確信的な声に、私は笑ってしまう。数日前に会っただけの彼女が信じているのに、幼馴染の私が信じなくてどうするんだろう。そう、スーなら大丈夫。

「そういえば、スザクのお加減はいかがですか?」
「平気らしいよ。熱もひいたし、傷が悪くなってるってこともないみたい」

 我が家の執事(ばあやとも言う)剣崎さんは、もう孫がいてもおかしくない年なのにもかかわらず、携帯電話の機能に精通している。メールを打っている時の彼女の親指捌きは私より早いかもしれない。その彼女から、私の携帯にスーの様子を報告するメールが数件入っていた。それを見る限り、スーの体力馬鹿ぶりは相変わらずのようだ。

 忙しくて直接は会っていないんだ、と告げると、ユフィは制服の手配などまで一手に引き受けてくれた。副総督の仕事はいいのだろうかと疑問に思いつつも、家の電話番号を教えて直接スーと連絡を取ってもらうことにする。

 また近いうちにお会いしましょうねーというユフィの言葉と共に電話を切ってから、数分後。私の携帯に、一通のメールが届いた。



[From: 剣崎さん]
[Title: スザク様の学校に関して]
[Message:
 第三皇女殿下からお電話をいただきました。スザク様はさっそく明日からご登校なさるとのこと。準備は全て順調です。ですが、次回はぜひお嬢様から先にご一報くださいませ。わたくしは失礼にも、どちらのユーフェミア様ですかと皇女殿下に伺ってしまい、フルネームを名乗っていただいた時には老い先短い命がさらに縮む思いでございました。お忙しいかと思いますが、ご無理なさいませんよう。剣崎 ]



 思わず噴き出してしまった私を、向こうからロイドが呼んだ。第一弾の移送を開始するらしい。携帯をしまって、私は歩き出す。早く登校するためにも、さっさとこの引越しを終わらせなくちゃ。


 …そういえば、学園にはルーがいるんだった。我ながら酷いな、すっかり忘れてた。まあ、明日になれば会うんだし、いっか。幼馴染の再会を、劇的に演出するってことで。



 



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12/22/06 First Up

ノーブレスオブリージュ…特権階級にはそれに伴う責任がある、という考え。
「命を懸けて戦うからこそ統治する資格がある」と言ったらしいコーネリアは、その典型か、と。
次回ようやくルーことルルーシュ登場予定。
結局スザクは、ルルーシュとシンジュクで会ったことをヒロインに告げていません。いろいろありすぎて言いそびれた。