Act. 7 ≒ [ ニアリーイコール ]
「もひもひ…だぁれ……てか、いま、なんじ…?」
鳴り続けるコール音に苛立ちを抑えて付き合うこと、数十秒。ようやく携帯に出た幼馴染は、どうしようもないほど寝ぼけていた。現在、夜の九時過ぎ。何時から寝てたんだ、こいつは。小学生か。
「俺だ」
「おれ、なんていうなまえのむすこは、うちにはいませーん…」
「バカか」
「なによーちょぉっとしたじょーくでしょー…まぁったく、ようしゃないんだから、るぅは…」
就寝時間も小学生なら、しゃべり方まで小学生化している。電話の向こうから大きな欠伸まで聞こえてきた。頼むからつつしみを持て、仮にも年頃の女だろう。思わずため息をつきそうになったが、それでは怒りが萎えるから堪えることにした。スザクと屋上で話してからずっとふつふつと沸いていたこいつに対する怒りを、招いたスザクを送り出すまで待ち、一向に取られる気配の無い役立たずな携帯電話にさえ爆発させずに我慢したのだ。こんなことで鎮火させてしまっては意味がない。
「どうして俺に、スザクと再会したことを言わなかったんだ」
学校のやつらが聞いたら驚くような不機嫌さのにじみ出る声が出たが、はこの程度で怖がってくれるような可愛げを持ち合わせていない。
「あーごめん。忘れてたの、仕事に夢中になっちゃって」
至極あっさりと返された言葉に、今度こそため息が出た。相変わらず、何かに没頭するとそれ以外を綺麗さっぱりと忘れてしまう奴だ。昔、スザクから『猪突猛進』というヨジジュクゴとやらの意味を教えてもらったとき、真っ先にこいつのことを思い浮かべた。本人にそう言ったら、私は猪じゃなくてドラゴンだ、などとわけのわからないことを言われたが。自分が化け物だと宣言してどうするつもりだったんだろう。
「心配してたんだぞ。七年ぶりに顔を見たかと思えば謂れのない罪を被せられてて」
「だからごめんってば。ちゃんとスザクを助けるためにも動いたし、忙しかったんだよ」
「あたりまえだ」
こいつがスザクを見捨てるなんてことがあるわけがない。憮然と返した俺の耳に、でもさあ、という笑い含みな声が届く。
「なんだ」
「ルーは信じてたわけでしょ、あれが冤罪だって。今、『謂れのない罪を被せられてた』って言ったもんね」
俺は少しだけ言葉に詰まってしまう。まさか自分が真犯人だったから、なんてことは言えるはずがない。だが確かに、例えあの事件に自分がかかわっていなくても、俺がスザクを真犯人だと思うことはなかっただろう。だから、俺はもう一度、あたりまえだ、と呟いた。
「で、どうしたの?いくらお怒りだったとはいえ、この程度で電話してくるようなルーではないと思うんだけど」
ねぇ、意外と面倒くさがりなルルーシュ様?なんて軽口を叩くに、無駄なことが嫌いなだけだ、と返すと、俺は本当に聞きたかった質問をぶつけた。
「どうしておまえが傍についていながら、スザクを一人で学園に放り込むようなまねをしたんだ」
「…なんかあった?」
「あったどころか、俺は他人のふりをしようとまで言われたんだぞ」
一瞬の沈黙の後、電話の向こうがガサガサと喧しくなった。ようやくベッドから起き上がる気になったのか、あのバカは。
「ルーが本当に怒っていたのは、それに対してだね?」
は、先ほどまでの軽さとは別人のような、低い声で俺に聞いた。というより、確かめたんだろう。ああ、と俺が答えると、は静かに、ごめんね、と言った。いっそ、沈黙よりも静かな声で。
「学園に通うことになったのは、いいことだと思ってる。でも、初日から一人で行かせるつもりは、もちろんなかったの。一緒に行って、私の…いや、公爵の友人だってことを知らしめるつもりだった。それができなかったのは、私のミス」
ごめんなさい、と彼女はもう一度言った。怒りなどすっかり冷めてしまった頭の片隅で、相変わらずこいつは潔いし頑固だ、とぼんやり思う。ごめんとか、ありがとうとか、そういう言葉を躊躇い無く口にし、自分の思うところは決して曲げない。俺には無い、そしてスザクには在る、その潔さと頑固さ。それがイレブン…日本人というものなのか、彼らが生まれたときから共に過ごしてきた時間ゆえのものなのか、俺にはわからない。
「…学校に行くって事は、そんなに大事か?」
スザクに学校に行くべきだといった人間も、も、どうしてそう思うのか俺には理解できなかった。学生であるなんてことは、俺にとっては束縛でしかなかったから。
「私はね、ルー。子供でいられるうちは、子供でいて良いんだと思う。その期間は意外と短いもの。だから学生でいられるうちは、学生でいて良いんだ。勉強のためじゃなくて、子供であることを謳歌するために」
「高校生が、子供、か?」
「ニアリーイコール、かな。というか、高校自体が最後の砦。子供でいられる、最後の聖域」
俺にはまだ、わからなかった。だがの声が、揺らいでさえいないのになぜか泣きそうに聞こえたから、そうか、とだけ返すことにした。
「で、学校が好きなは明日ちゃんと登校するんだろう?」
が言ったとおり、公爵の威光があれば少なくともスザクの学園における安全は保障されるだろうと思ったが、の返事はあーだかうーだか、言葉になっていなかった。
「まさか来れないなんて言うつもりじゃ、ないだろうな?」
「ごめん、そのまさかかも」
「おまえな…」
他人でいようと言われてしまった俺には、悔しいができることはない。に対するというよりは自分に対する苛立ちが声に出てしまったが、の声も少しいらいらしているようだった。
「最悪なことに、仕事のほうがトラブル抱えてるんだよ、今。最近まともに寝てないくらい。おかげで今日も学校行くつもりが、気づいたら仮眠室のベッドの上で時刻は午後五時。諦めて寝なおして、今に至るわけ」
おかげでもうちょっとしたらまた仕事だよ、とはぶつぶつ呟いている。気づかないうちに寝ていたということは、三日以上まともに寝ていなかったという事だ。は数日間の徹夜を人よりまともな状態で過ごすことが出来るが、そのかわりある時突然眠りに落ち、何をしても起きなくなる。七年前に初めてそれを見たときは驚いたものだ。途中で話が途切れたと思ったらすーっと前に倒れてきたので、スザクと二人がかりでどうにか支えた。あまりにいきなり、しかも深く眠っているので、一瞬、こいつ死んだんじゃないかとさえ思ったのだ。
「スザクも同じ職場なんじゃないのか?」
「まあそうなんだけど、今来てもスザクの仕事ないんだよ、トラブルのせいで。このあとは学校に一日中いられるほどの暇なんてなかなか取れないよきっと」
「大丈夫か、お前の職場…」
思わずスザクとの健康を気遣ってしまう。普通技術部ってそんなにハードなものなんだろうか。
「仕事は普通じゃない?上司が奇天烈な変人だけどね。大丈夫大丈夫」
上司の描写からして、あまり大丈夫じゃない気がするのは俺だけか。
「まあせっかくの学校だし、スザクと私の休みはちゃんともぎ取るから安心して。明日も、全部の授業は無理でもちゃんと顔は出すようにするし」
だから明日は会えるよ、とは言う。今から仕事だと言うことは、徹夜で学校に来るつもりなんだろう。
「なあ、」
「なに?」
「無理、するなよ」
言ってからしまった、と思った。きっちり三秒後、電話の向こうで大きな笑い声が弾ける。
「る、ルーが、優しいこと、言って、あはははは!」
思いっきり電話をぶち切った俺を責めないでほしい。
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1/28/07 Fist Upルルーシュ様が出たのはいいんですが、どうしてこう、へたれなんでしょう、彼。
ファンの方、すみません…
おまけ:ルルーシュとスザクの屋上での会話
僕も驚いたよ、まさかルルーシュがいるなんて。…は何も言ってくれなかったし。
ちょっとまて、だと?会ったのか?
もしかして、ルルーシュもなんにも聞いてないの?シンジュクで君と会った直後に彼女とも再会したんだけど…それで今、勤め先も同じなんだよ?
…。そうか。あとで問い詰めておこう。で?
ええっと、うん、その、捜査を正しく行うよう、取り計らってくれた人がいて…
(あのバカ、今度会ったら…いや、それじゃ遅い、電話だ…)
(もそうだけど、ルルーシュは怒ると笑顔が怖いな…変なとこ似てるんだから…)