Act. 8  セキニン ト アイジョウ




 

 スザク君への自己紹介も終わって、クラブハウスに向かおうとしたときだった。集まっていた生徒たちも三々五々日常へと戻り始めた中、一際大きなざわめきが上がる。なんか面白いことでもあったのかと思ったら、大きくなるざわめきと共に人垣が割れ、その間を一人の生徒がよどみない足取りでこちらに歩いてきた。制服の上に薄い膝丈のジャケットを羽織り、スリムなデザインの黒皮のブーツとグローブが手足を覆っている。その生徒――は車椅子のすぐ横で止まると、みんなひさしぶり、と言ってナナリーの髪を優しくなでた。

「まったく、なに盛り上がってるのかと思ったら、猫?」
「そうなのよ。それにしても、ずいぶんごぶさたじゃない?」

 研究があるから元々登校日数は少なかったけど、今年度なんて始業式くらいしかきてないんじゃないかしら。ちょっと睨むようにしてみると、はごめん、と言って苦笑した。

「一応生徒会会計なんだから、その自覚を持って予算会議の日くらい来てよね!」
「了解。で、なにか面白いことがあったわけ?」

 期待を込めた瞳でこちらを見るに、実はかくかくしかじかでーと事の顛末を簡単に説明する。結局わからなかったルルーシュの弱みについて触れたら、はくすくすと笑ってルルーシュの肩をぽんぽん、と叩いた。

「それは諦めるしかないよ、ミレイ。ルーのプライドの高さは筋金入りだから」
「悪かったな」
「悪いとは言ってないでしょ、事実を言ったまでよ」

 眉を寄せたルルーシュの言葉にもまったく動じないところはさすが。ルルーシュはに弱いのよね。彼女としゃべってるときは少し表情も素直なように見えるし。

 はルルーシュの肩から手を離すと、その隣にいたスザク君に視線を移す。紹介するべきかしら、なんて思っている間に、がこれまでよりも心持大きめな声で、スザク、と呼んだ。とたん、私たちを遠巻きに見つめていた生徒たちがざわめく。公爵殿下が名誉に声をかけるなんて、なーんて思ってるのかな。別に公爵だからって本人がそういう性格してるわけじゃないのに。でもお二人さん、どういう関係?

「ひさしぶりの学校はどう?」
「う、うん…授業についていくのがちょっと大変かな」
「焦ることないよ。ちゃんとお昼食べた?昨日はうちからだったからちゃんとお弁当持って行っただろうけど、今日の分のことちょっと心配してたんだよね」
「大丈夫だよ。あ、でも、あのお弁当はすごいおいしかった」

 …この二人は自分たちが新婚夫婦のような会話をしてるってことに気づいてるのかしら。まわりがざわめくどころか静まり返っちゃってるわよ。

「え、二人って、どういう関係?」
「そーだよ、今まるで一緒に住んでるようなこと言わなかった?」

 おっと、ここでチャレンジャー・シャーリーとリヴァルが大胆にいきましたねー。ええっと、なんて言葉に詰まるスザク君を一瞥すると、は彼の首に腕を回してぐい、と引き寄せた。

「うわっ!」
「私達の、カンケイ?そーねぇ…」

 空と海をひとかけらずつ閉じ込めたような目が、いたずらっぽく輝く。

「一緒にお風呂も入った仲、かな?」

 一瞬、時が止まったかのような沈黙の後、野太い絶叫と黄色い悲鳴が場を満たした。さっき、猫を追いかけていたとき以上の騒ぎになってない、これ?あらら、シャーリーは顔真っ赤にしてるし、リヴァルは口ぽかーんと開けてるし、スザク君は完全にあたふたしちゃってるわ。ルルーシュが意外と冷静だけど。

「そんな小さい時のこと、持ち出さないでよ!」
「いーじゃない、若かりし頃の思い出よ。六歳とか七歳まではそんなのしょっちゅうだったじゃない」
「ということはスザク、お前の言葉を借りれば、『たった十年前』の話ってことだな」
「冷静に突っ込まないで、ルルーシュ!」
「いいじゃないですか、スザクさん。私も小さいときは、お兄様と一緒でしたよ」
「ナナリーまで…」
「勝手に通訳させてもらうけど、幼馴染っていうことでいいの?」

 四人の会話が呆然としている周りを置いてエンドレスに進んでいきそうだったから、一応収集をつけてみる。内心、私は納得していた。ルルーシュとナナリーが日本で預けられていたのは当時のイレブンの首相の家、つまり枢木家。が親戚とはいえその時期に初めてルルーシュたちと仲良くなった、と昔言っていたのは、枢木家つながりだったってわけね。

「そう、スーと私は生まれたときからの幼馴染。ちょっと体調崩してたから心配で、うちに数日間引き止めてたの」
「なーんだ、一緒に住んでるわけじゃないんだ」

 スザク君から猫を受け取りながら、はリヴァルと話し始めた。この二人は初めて会ったときにバイク談義で意気投合したようで、たまに会うと結構よく話してる。なんとなく騒ぎが収まりつつある中、私たちはクラブハウスに向かって歩き出した。式典までは時間があるし、猫をどこかに置いとかなきゃいけないしね。道すがら、リヴァルとの会話が一段落したのを見計らって――また高いヒールとミニスカートでバイクに乗るなって説教されてたみたいだけど――に小さな声で聞いた。

「ねえ、彼、“知ってる”の?」

 何を、とは聞かなかったけど、はすぐにルルーシュとナナリーのことだ、と理解したようだった。

「知ってる。状況も理解してるから、大丈夫」

 それならば、私が気にしなければならないことは何も無い。そう、とだけ返事をして、私は潜めていた声を元に戻すことにした。

「そういえば、いいの?クロヴィス殿下の葬儀式典、公爵として参加しなくても」
「総督府には呼び出されたんだけどね。学校のほうで参加させていただきますので、って言って丁重にお断りさせていただきました」
「相変わらず嫌いなのね、そういう場が」
「嫌いと言うか、苦手。全員じゃないけど、人を馬鹿にしたり蹴落とそうとしたりする人間が多い場所だから」

 よっぽどのことがないと関わりたくないよ、と呟くは、それでも決して爵位を返上しようとはしなかった。一般人ならまだしも、公爵家、しかも皇族に連なる一家に属領国とのハーフとして生まれ爵位を継ぐことは、並大抵の苦労じゃないだろう。風当たりなんて、想像するだけでいやになるわ。だから昔、聞いたことがある。どうして辛い思いをしてまで、公爵のままでいるの、って。




「責任よ」

 の答えは完結だった。彼女がハーフであることを暗示しているかのような二色の瞳が、強い光りを湛えている。気高いというのはこういうことを言うのか、と思わせるその力。

「公爵として生まれ育ってきた責任が、私にはある。それにね」

 ふわり、と笑ったその顔に、辛さを感じ取ることはできなかった。そこにあったのは、母性、みたいなもの。優しく、強く、おおらかに、したたかに。

「この地位を利用して誰か一人でも守れたら、私は幸せだから」




「ねえ、なにか面白い企画、考えてないの?」
「いまんとこねー。なにかアイディアない?」

 うーん、なんて唸りながら、は腕の中にいる猫を軽く撫でる。さっきスザク君を威嚇してたのが嘘みたいに、猫は愛想良く鳴いた。それを見つめ、が呟く。

「猫記念日?うーん、語呂悪いか…じゃあ…」
「「猫祭り」」

 異口同音とはまさにこのこと。顔を見合わせ、にやり、と笑う。

「お主も悪よのう」
「会長様にはかないません」

 会話が聞こえてしまったらしいルルーシュが頭を抱えた。

、久しぶりに来て会長を焚きつけるな」
「お固いね、人生は楽しく生きなきゃ」



 さすが我が友。いいこと言うわ。

 

 


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2/04/07 Fist Up